
今日は仕事のことは忘れよう。
朝3キロジョグ&ウォーク。
御前浜の草むらにきれいなジャコウアゲハが舞っている。
写真を撮ろうとしても、なかなか静止しないし、予測不能な飛び方をするので難しい。
いつもより少し早めの昼食をとり、阪神電車経由で地下鉄御堂筋線で長居駅まで行く。
阪神電車も交流戦があるので混み、久々に乗った御堂筋線も混んでいた。
梅雨の晴れ間だからかな。
長居公園は家族連れメインでかなりの人出、セレッソの試合があるせいだろうか。
目的は二つ。
長居植物園で咲き誇る睡蓮(我が家のマイブーム?)を見ること。
自然史博物館で開催中の特別展「鳥」を見に行くこと。
結果は…
睡蓮は半分咲いて半分閉じてました。
それでも、大好きなジャカランダの花やデイゴの花が見られて、まいいか、って感想っす。
そして…特別展「鳥」。
この手の展示は広々とした会場で、じっくり、ゆっくり見て回ってナンボだけど、
百貨店の展覧会場よりも狭い。
窮屈に鳥の剥製が並べられているだけというトホホな展覧会。
家族連れを中心に無駄に激混み、展示をゆっくり見られず。
これで1800円はない。
“一生分の鳥が見られる” というキャッチには大いに異を唱え抗議したい代物でした。
ヒロ曰く「奈良の「吉野大峯展」に続いて、ここんとこ連敗だね。」
無駄に疲れた。
WEB記事でこんな写真を見た。
ここんとこ睡蓮にハマっている我が家としては、特別展「鳥」を見に行くなら植物園も行こうとなった。
クリームイエローと赤紫の睡蓮の花のコントラストは六甲にはない。

つゆの晴れ間、水辺に集まるは日傘の列。
睡蓮は確かに咲いていた。
咲いていたが…


午前中に行くべきでした。



和名は紫雲木(しうんぼく)、南半球の花というイメージあり。

これはヒシバデイゴ、原色が目に眩しい。


失望した「鳥」、ふと思った。
僕は何を期待していたのだろう、と。
最近、仕事でもそう考えることがある。
何を期待して失望するのか。
このトシになって…。
何も期待しないで生きたら楽だろうか?
でも、きっと楽しくないと思う。
燃え殻さんがエッセイに、自分が尊敬する大人(金魚屋の店主)の言葉を金言として上げていた。
「好きなことをしたらいい。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
そのうち時間になって、どこかで終わりが来るから」
ゲームオーバー?
そうだね。
3日後に心配なロケを抱えてる身としては、疲れに敏感になる。
日程を考えて今日しかなかった。
そして、満員電車での移動や、超混雑のイベント会場は疲れの元凶になる。
どこにも寄らずとっとと帰ることにする。
帰って全力で休もうと思った。
なのに、夜中にNetflix配信の映画「大濛(日本公開タイトル「霧のごとく」)」を見始めたら止まらない。
濛(もう)は霧雨、薄曇りの状態を指すらしい。
主人公の兄が絵本のタイトルにつけたのが「大濛」だったか。
見始めて…これって愛読するブログ「特別な一日」にレビューが載っていた映画だ!と気づく。
レビューを読むと一度観たように思いこむ。

去年に高妍「隙間」(全4巻)というコミックを読んで、この映画の背景は分かっていた。
…とエラそうなことを書くが、二・二八事件のあらましを知ったのはそのコミックだった。
僕が生まれる10年前、日本が戦争に敗れ台湾から撤退、その後の蒋介石の台湾支配とはこういうことだったのか、と。
レビューは「特別な一日」他にも、素晴らしいレビューが多々アップされているので、
その方たちに丸投げするとして、
いい映画を紹介してもらえたと感謝したい。
登場人物も、演技も、演出も、映像も、水準以上のレベルで見せてくれる。
出来れば最初から劇場で見るべきだった。
昨今、台湾有事などと騒がしいが、台湾に住む人々は今同時に生きているあらゆる世代が、
つい最近の出来事として、それぞれの世代が犠牲を払い、生きてきたのだ。
『霧のごとく』のラストに流れる年号は、単なる演出上の数字ではない。それは、台湾の人々が一歩ずつ暗闇を押し開け、自由と民主主義をつかみ取っていった足跡でもある。
映画の中で、阿月は兄を失った痛みを背負いながら、時代の流れを見つめ続ける。その外側にある現実の歴史は、今日の台湾に生きる人々が享受している自由が、どれほど大きな犠牲の上に築かれてきたのかを静かに語っている。
映画『霧のごとく(大濛)』ラストの「数字の羅列」が意味するもの 台湾白色テロと民主化の軌跡 | 魏甫丞(ガイ・フシン) | ニュース - 風傳媒日本語版
関係ないけど、映画にいとうせいこう出てなかった?(笑)
特務警察の男…。
色々とちょっと期待外れの一日だったが、終わり良ければすべて良し。
ちょっと就寝は遅くなってしまったが、明日は終日雨予報、自宅で身体を休めよう。