数日前に読んだブログに「人生のほとんどは運である」というタイトルを見つけて読んだ。
人生の一日(46) ……人生のほとんどは運である…… - 一日の王
読もうとチェックしてた『老後がめんどくさい』(勢古浩爾)という新刊に書かれていた記述からのタイトルでした。
その本には著者の勢古さんが2018年に脳こうそくになり、手遅れになっても不思議ではない状況にもかかわらず、
後遺症もほとんどなく生還できた経験が書かれている。
2018年は僕もラグビー観戦で訪れたスタジアムの階段で転倒し頭を強打、流血し救急車で運ばれた年だった。
頭蓋骨骨折、幸いにも骨で守られた前頭部で、いまのところ後遺症もなく、事なきを得た。
人生のほとんどは運である。
その一件だけではなく、僕にもラッキーな事例にはこと欠かない。
どちらに転んでも不思議では無い状況で、こちら側に転んだ。
この先はわからないが、今のところはラッキー。
仕事も含めて。
ある年の誕生日にこんなことを書いている。
誕生日である。
外が暗くて寝坊した。
この期間、本来は雪山行へ行こうとオフにしてたので、とりたてて仕事はない。
五十代の頃は「未踏の荒れ野へ歩みだすのだ」なんてヒロイックなことを書いてた。
六十代になると荒れ野はごめんだ。
晴れた春の日、オンボロ車をだましだましメンテナンスして、
海沿いの、花咲く緑の道を、窓を全開にして、時速25キロくらいで走り続けたい。
加川良の歌みたいに。
♫ 一番電車を見送って 目覚めの紅茶を飲んで
シャツの袖をまくりあげ オンボロ車に乗って
いつかエンジンの止まるまで、あるいは燃料が切れるまで。
レイモンド・カーバーの散文詩にこんなフレーズがあった。
おいブコウスキー いろんなことがあったけどお前はラッキーな男
(村上春樹訳「君は恋を知らない チャールズ・ブコウスキー、朗読の夜」)
これに尽きる。
きのうの夜、ヒロが大きな筍を茹でていた。
きょうは我が家の筍シーズン開幕だった。
朝は焼いた筍と生ハムをバケットに乗せてトーストしたもの。
香ばしさがたまらない。



午後からヒロとヤマダストアーへ行く。
土日ほどではないが、そこそこ混んでいた。
ヒロがヤマダカードを作る。
火曜日はシニアは1割引きになる。
セレクトショップか、道の駅みたいな品揃えを見ると仕入れは大変だろうな、と思う。
マンパワーが保つか心配になる。
神戸三宮の珈琲専門店の豆180グラムと人気のヤマダピザ(チーズたっぷり)を買う。


夕方、走る。
がんばって歩かずに4キロキープして走る。
新コースで初の29分台が出た。
キロ7分半のペースだが、ラスト1キロだけ7分を切る。
今週末、小浜の10キロマラソンにエントリーしている。
まだ出場は決めていない。