
最近 朝はradikoのエリアフリーでJ-WAVEを聴くことが多い。
それを番組担当のMC女子(FM802)に言うと、
「802 聴け!」と怒られた。
なんか東京の朝にかすかな憧れのようなものがある地方出身者です。
三十代の頃、朝はジーン長尾さんや大久保かれんさんの番組を流していた記憶あり。
J-WAVEの朝番組にはその頃聴いていた二人の番組のテイストがある。
JUST A LITTLE LOVIN' | MON to THU 05:00 - 06:00 | J-WAVE 81.3 FM
EARLY GLORY | SUNDAY 06:00 - 09:00 | J-WAVE 81.3 FM
日曜朝のこの番組「アクロス・ザ・スカイ」のパーソナリティー小川紗良さんの声が好きだ。
ラジオを聴いていると嫌なニュースも強制的に聞かされる。
イランとアメリカの停戦交渉が難航…。
ニュースを聴いていると交渉をことごとく潰しているのはアメリカとイスラエル。
交渉相手がなぜアメリカなのかは置いていくにしても、この介入者はならず者か、ナチスにしか思えない。
ナチスもことごとく交渉ごとを自分の都合のいいようにねじ曲げて勢力を拡大してきた。
真っ当な対応をしてるのはイランで、わがまま放題の子供がアメリカとイスラエル。
大人の弱みにつけこむならず者国家が好き放題していて、かなしいかな我が国は…。
なにも予定のない一日。
こころ穏やかに過ごしたい。
日記を埋め、番組告知動画の白完パケを作り、A部氏の自主制作映画の予告編のサムネを作ったりして過ごす。
夕方に、曇り空の下で4キロ走る。
走りながら聴いた「髙橋源一郎の飛ぶ教室」のゲストがシューフィッター氏で、
彼のブログ「毎日靴ブログ」を覗く。
この中に「メルカリで売っているHOKAはほとんどがにせ物」という記述があった。
いま僕とヒロが履いている5足のHOKAは全てメルカリで買ったものだ!
定価の半額とまではいかないが6割くらいで買った。
ソールの減りが早いなという自覚はあるが、にせもの?
履き心地は悪くない。
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果たしてすべてにせ物だとしても、定価で買えば倍以上 ソールは保つのだろうか。
梱包や箱はにせ物とは思えないのだが、どのサイトを見て見分ける方法は分からない。
北九州市から広報誌「雲のうえ」が届く。
北九州 若松出身の作家 火野葦平をめぐる短編小説が載っている。
桐野夏生が葦平に近しい女性を主人公に書いたもの。
火野葦平は若松の石炭荷役請負業の元締めの家に生まれた。
戦前に芥川賞を受賞、「麦と兵隊」など軍隊小説がベストセラーとなり軍隊小説家などと呼ばれた。
戦後は軍部に協力したという罪で公職追放になっている。
世論に苛まれ自死する。
火野葦平の名は知っていたが一冊も読んだことがない。
ファンの多い優れた作家だったみたいだ。
アフガンで亡くなった中村哲氏は火野葦平の親戚だそうな。

夕飯はいかなご釘煮の返礼としていただいたビーフシチュウをいただく。
パンかライスか、と聞かれライスというとタッパーに入ったご飯をチンして出てきた。
生ビールも球場などでプラカップで飲むと意外においしく感じる。
タッパーで食べるご飯もおいしい。
写真を撮ったら、ヒロに「ズボラしてるみたいで恥ずかしいから人に送らんといてね」と言われた。

夜はオンデマンドで「ふたりのビッグショー」を観る。
1995年放送だから30年以上前か…。
加藤登紀子と森進一が「知床旅情」と「襟裳岬」を歌う。
前川清と五木ひろしは同学年、長崎と福井と地方出身の二人、このときまだ40代だ。
二人が「待っている女」を歌う。
リアルタイムで聞いてた頃はこの歌の何がいいのか分からなかった。
でも、いま聞くとなかなかいいなと思える。
不思議だ。
去年他界した橋幸夫が舟木一夫がそれぞれのヒット曲をいくつも歌う。
歌詞のテロップが出るので僕もいっしょに歌う。
橋の「江利子」、舟木の「絶唱」ともに女性が死んでしまう悲恋の歌。
🎵 つめたい雨の降る夜に ひとりで江利子は死んでしまった (「江利子」)
🎵 名さえ儚い 淡雪の娘よ なぜ死んだ ああ小雪 (「絶唱」)
江利子と小雪、こういう曲はいま流行らないし、誰も作らないだろうな。
美しく悲しい死をテーマにした曲が全国的にヒットする というのはどんな社会現象なのだろう。
かなしいけど、いい歌だね、と人々が惹かれる。
社会学、文化人類学的な考察が知りたい。
このとき(放送は1994年)、二人は五十になったばかりだった。

二人が「いつでも夢を」を歌う。
🎵 星よりひそかに 雨よりやさしく あの娘はいつも うたってる
橋幸夫が吉永小百合とのデュオでこの曲を歌ったのは1962年だった。
橋は19歳、吉永は17歳。
明らかに今の日本とは別の国の出来事に思える。
最後に二人がデビュー曲を歌う。
股旅姿の橋幸夫は「潮来笠」、詰め襟学生服の舟木一夫は「高校三年生」
「高校三年生」は小学生の頃に僕らもよく歌った。
高校生はあこがれの存在だったのだろう。
僕の一族(家族)で高校へ進学したのは叔父さん一人だった。
高校では全国大会に出るほどのサッカー選手だった。
8人の兄弟姉妹で高校へ進学したのはその叔父さんたった一人だった。
一族でその次に高校へ行ったのは僕だった。
(僕の母は高等女学校へ行っている)
舟木が「高校三年生」でデビューしたのは1963年だった。
こんな時代背景があったのだ。
1963年(昭和38年)の高校進学率は約65.1%でした。この時期は高度経済成長期に伴い進学率が急上昇しており、1960年の55.4%から数年で大幅に向上した時期にあたります。
ちなみに当時の大学進学率は12%。
家族(親戚含む)で初めて大学進学したのは僕だった。
なのに…ちゃんと勉強しなかった。
そのことだけはいまだに反省してます。
遅いけど…。