朝、起きようとしたら今まで経験したことのない眩暈(めまい)がした。
視界がすごい速度で左から右に流れてゆく。
瞬間、恐怖が襲う。
肘をついてうつ伏せのまま、しばらく立たずにいた。
リビングの椅子に座っている、ヒロがオリンピックで誰々が金メダルとったよ、と話しかけてくるが聞き流す。
しばらく横になって、起きてみる。
立つ。
歩く。
足もとがふらくつことはなかった。
めまいは消えていた。
ゆっくり歩いてトイレへ入る。
小用を澄ませて、洗面所で顔を洗いうがいをする。
いつもと同じ朝…。
自室に入り石油ストーブに火を入れる。
ああ、きょうはバスケBリーグの神戸ストークスの試合を見に行く予定だ。
西宮市民には割引があり、一人1000円でチケットを買った。
ヒロが「しんどいようなら、きょうは止めてもいいよ」という。
めまいの影響だろうか、食欲はない。
自分の中の主治医に問う。
「きょうは一日安静にした方がいいですね」が答えだった。
ネットで「めまい」をリサーチしてみる。
耳鳴り、頭痛、動悸、手足のしびれはない。
以前にもあった良性のめまいだろうか。
ストレス、疲労が重なると発症するという。
はて、おとといは山歩き、きのうは電話番デスク。
疲労?
そういえば、ヒロはときどきめまいで半日ほど寝こむことがある。
あれと同種の症状なのだろうか。
人生でもっともヤバかった眩暈は2009年10月にあった。
記録をさかのぼって見つけた。
この日はちょっとハードな仕事を終え、ヒロと義母と苦楽園の高級鮨店へ行った。
眩暈が出たのはその帰りの電車だった。
回転性のめまいだった。
夙川駅のトイレで嘔吐。
駅から自宅へのタクシーでも吐き気がして嘔吐した。
結局、午後から出社する予定をキャンセルした。
このときに比べたら今日はマシだったが、回転性ではなく、景色が流れる現象だった。
人は初めての経験には恐怖を感じる。
詳細にその日を描写、ちゃんと記録している。
shioshiohidaneko.hatenadiary.com翌日か、翌々日に県立西宮病院へ行き、脳のMRIと耳鼻科を受診した。
脳のMRIはこのときが人生初だった。
特に異常なし。
当時52歳、年相応に血管が細くなっていると言われた。
耳鼻科では眼球震盪が見られると診断された。
脳の血流をよくする薬と吐き気止めを処方された。
当時、アメーバ腸炎の疑いもあり、総合病院に月に何度も通っていた。
52歳、あの頃はいろいろとあったんだな、と回願する。
めまいショックで気分がすぐれない。
しばらく蒲団で寝よう。
バスケ観戦に行かないなら特に予定はない。
今日は関東でも関西でも積雪があり、極寒らしい。
寝て休む。
これが最善策。
2時過ぎまで寝た。
ほぼ通常の体調にまで回復した。
大事をとってお粥にしてもらう。
胃があたたまり、気分が落ち着く。
リクエストしたらこういうものを作ってもらえることに感謝。
独り暮らしだったら…と想像する。

夕方、図書館へいくついでに、香風高校にある投票所へ行く。
寒い、極寒の選挙になった。
邪悪、無能かつ嘘つき、嫌悪はアベを越え戦後(戦後は当たり前か)最大の存在かもしれない。
きっと朝のめまいも忌むべき選挙投票日の結果を知らせる予兆だったのではないかと思うほど。
中道革新連合は僕みたいな素人でも失敗は目に見えている。
立憲民主と公明、双方に利なしということが、なぜ本人(リーダー)が分からないのか。
嘘つきだが、リーダーとしても自民の勝ち。
投票所の入口に老人が座りこんでいた。
周りに人が集まっている。
転倒して足を挫いたのか立ち上がれないまま。
ほどなくサイレンを鳴らして救急車が来た。
図書館で予約していた本を4冊、書棚にあった本を1冊借りる。
椅子で松家仁之「光の犬」の冒頭を読む。
美しい装丁の単行本。
“『光の犬』は読後、しばらく黙っていたくなる小説だ。物語の静寂の中に、たたずんでいたくなる。”
とある。
湖北や越前の雪景色の中でしずかな音楽を聴きながら、あるいは車窓に流れる冬の山を見ながら読みたい。
読み通せそうなら文庫本があるので買おうかな。
元気になろう。
夕食は通称 “風邪撃退鍋” 、豚肉と白菜をニンニクと生姜を刻んだもので煮こむ。

友人数人から夜、LINEが届く。
『 選挙特番不愉快なので、オリンピックあるのありがたい』
『オリンピックやっていて良かった。選挙番組見なくていい。日本人は狂っているのかな?』
見なくて済むとBS1を見てたら、速報の字幕が出る。
ここまで追いかけてくる。
NHKOneのライブ配信にする。
女子滑降、男女スノーボードパラレル大回転を観る。
しばし悪夢を忘れた。
ここまで選挙速報は流れない。
滑降の会場、コルチナ・ダンペッツォは美しい。

寝る前にクライムサスペンス「逃亡者は北へ向かう」を読了。
冒頭はいい。
その後の展開はまずまず。
中盤…もう読むのやめよかな、くらいに退屈した。
だが、後半、容疑者の心理描写と刑事の思いが、じわじわ物語の推進力となる。
逃亡者の叶わぬ希望がひたすら切ない。
その望みとは…道行をともにしている幼い少年とともに人生をやり直すこと。
子供のいない自分も、しばし夢想してしまう。
柚月裕子は、この結末をどう描くのか、読者の一縷の望みは叶うのか…。
最後はいっき読み。
そう来たか、やっぱり柚月やん。
後半に限るが、長編サスペンス小説をグイグイ読まされたのは久しぶりな気がする。
読んでいて津波被害のリアルに2011年3月、あの頃が甦った。
きょうの選挙で一つ前に読了した「雫峠」のラストの台詞を思い出す。
「これ以上わるくなりようはない」
何が起こるか誰にもわからない。
吉と出るか、凶と出るか、誰にも分からないことに希望を持つしかない。
災い転じて福と成すことも…たぶんある。
前を向け。

