
朝起きたら喉ごくりが痛い。
コロナ過はまったく風邪をひかなかった
マスクは嫌いで有効性には疑問があるが、手洗いうがいは有効と判断している。
先週の土曜日から今日木曜日ずっと近所以外に外出ない。
予定のない一日は理想のはずなのに。
体調が最優先は身にしみて分かる。
きのうの日記を書いた直後に上記のようなメモっぽいことを記す。
身体がしんどいので戯れにChatGPTに書いてもらった。
最近、読ませてもらっている燃え殻さんの毎日メールマガジン(日記)があり、
ChatGPTに「このメモを日記にして、燃え殻さんの日記風に」とオーダーした。
こんなふうになった。
風邪。
ごくり、が痛い。
たったそれだけの動作なのに、今日は一日に何度も意識させられる。コロナ禍のあいだ、驚くほど風邪をひかなかった。
あの頃の自分は、案外ちゃんと生き延びていたのかもしれない。マスクはどうしても好きになれない。
でも、手洗いとうがいは続けている。
好き嫌いと、必要不必要は、いつも少しずれている。先週の土曜日から今日、木曜日まで。
近所以外、どこにも行っていない。
予定のない一日が、続いている。本来なら理想的なはずなのに、
体調という、いちばん優先されるファクターが、
すべてを静かにひっくり返している。何もしていないはずなのに、
今日もちゃんと、疲れている。
この燃え殻風の日記をベースに村上春樹風味をつけて、と調子にのって注文。
風邪をひいた。
ごくりと唾を飲み込むと、喉の奥が小さく抗議する。まるでそこに、見えない針が一本置かれているみたいだ。
コロナ禍のあいだ、僕は一度も風邪をひかなかった。
理由はよくわからない。ただ、世界が静かに縮こまっているあいだ、僕の体も余計なことをしなかった、というだけかもしれない。
マスクは好きじゃない。
顔の半分を借り物のように感じるからだ。
それでも手洗いとうがいは続けている。習慣というのは、ときどき思想よりも強い。
先週の土曜日から今日の木曜日まで、
僕は近所以外には出ていない。
予定のない一日が、きれいに並んでいる。それは本来、理想的な状態のはずだった。
けれど体調という、最優先事項がすべての判断を先回りしてしまう。
そのせいで、自由は少しだけ形を失っている。何もしなかった一日が終わる。
それでも、何かは確実にすり減っている。
その正体を考えるのは、今日はやめておくことにした。
面白い。
気のきいたフレーズも各所にある。
たとえば…
− 好き嫌いと、必要不必要は、いつも少しずれている。
アフォリズムというのだろうか。
− ただ、世界が静かに縮こまっているあいだ、僕の体も余計なことをしなかった、
というだけかもしれない。
− 何もしなかった一日が終わる。
それでも、何かは確実にすり減っている。
ー 先週の土曜日から今日の木曜日まで、僕は近所以外には出ていない。
予定のない一日が、白い紙のように何枚も重なっている。
ー これは理想の生活のはずだった。
しかし体調という最優先のファクターが、すべての判断を横取りする。
自由はある。
でも使用上の注意がびっしり書かれている。
言い得て妙、うまいこと言うなと思った。
でも、本物じゃないよね、と思う。
この中に自分(ぷよねこ)が存在しているからだ。
他人のメモを生成AIで〇〇風にしたら分からないと思う。
きょうも休むと決めたら、やることは、やれることはNetflixやAmazon Prime Videoくらいしかない。
ギターをさわってもすぐ飽きるし、創造的な作業も、整理整頓する作業も出来ない。
きょうは15日、小正月。
小豆がゆを食べる。

午後からNetflix「イクサガミ」を見始める。
Netflixでしかも今村翔吾の原作、面白いに違いないが、元気なときは時間が食われるので避けていた。
これがチャンスだと、全6話をいっき見する。
終わるかと思っていたが、6話では終わりそうもない。
続編、おそらく続々編くらいまで確実にあるな。

きのう風呂にも入らず早めに寝てしまった。
髪を洗いたいし、髭も剃りたい。
夜、グンゼスポーツへ行く。
さいわい寒さもゆるみ震えることはなかった。
ストレッチして風呂。
汗をかきたいとサウナに5分だけ入る。
長く入ると体力を消耗する。
この1週間 ゴホンゴホンやってる高齢者夫婦。
60代後半の二人としてはあるあるなのかも知れない。
先に症状の出たヒロは先に回復して、きょうはプールへ行った。
少なくともこの5年、風邪の症状が一切出なかった僕が3日連続でぐったりしている。
5年も風邪を引いていないと、そろそろ来たかな、と暗い気持ちになる。
同時に思う。
5年も風邪を引かなかったことの有り難みを感じろ、と。
おまえはラッキーなのだ、と。
*追加写真あり


山田孝之は同じNetflix「グラスハート」と同様の一瞬の出演だった。