
土曜日、いつもちょっと寝坊する。
土曜日、たいていは終日在宅する。
3年前までは現場で中継の仕事をしていた。
早朝からの仕事が辛くて引退させてもらった。
今回は首位交代が目まぐるしく楽しめた。

午後、図書館へ行く。
レベッカ・ブラウン「家庭の医学」と原田マハ「おいしい水」を借り直す。
どちらも短い小説なのにまだ読み終えてない。
夕方、走る。
ヨットハーバーまで往復。
思わず何枚もシャッターを押してしまう美しい秋の夕暮れだった。


夕食はおかゆにする。
ヒロも最近 胃が重いという。
昔と量は変わらないはずなのに重く感じる。
すこし休めよう。

愛読中のブログに、藤原新也氏の著作を久々に読んだと感想がアップされてた。
藤原新也!なつかしい。
藤原新也、川本三郎、宮内勝典らは80歳を越え、沢木耕太郎も77歳か…。
僕も一時、藤原新也氏の著作やブログを読んでいた。
(そういえば宮内勝典氏の「海亀通信」はまだあるのだろうか?)
作家にも旬がある。
藤原氏も、宮内氏も80を越えているのか。
ま、当然か、アニキ分だと思っていた自分がまもなく古希になろうとしているのだ。
「インタプリタかなくぎ流」よりメモ替わり。
生活がギリギリで崖っぷちに立っていると、人は保守化する傾向が生じる。よく若者が保守化しているというけれど、これは思想的な保守化じゃなくて、崖っぷちに立っているものだから変化が怖いんです。何か少しでも変化すると崖から落ちてしまうんじゃないかという恐れがあるから現状維持せざるを得ない、保身的な意味での保守化だと僕は思う。(「メメント・ヴィータ」179ページ)
これも同感です。最近若い世代の保守化がよく言挙げされますけど、お若い方々だけでなく、昨今の高市政権の支持率などを見ていても、これは貧困化の度合いが一定程度以上に上がってきたからじゃないかと。金銭的にもですけど、精神的にも。外国人排斥だって世界の現実を知りもせず、知ろうともせず、とにかくいまのこの小さな精神的テリトリーに引きこもっていたいという心性の現れのような気がします。