ぷよねこ日々御留書 since2023

「にちにちおとどめがき」 毎日更新 日々の記録です。

2025年4月21日(月) 洛 中 銀 輪 散 歩 仁和寺〜羅生門跡〜東寺

 

今日は、いや今日も オフ。

ヒロがスイミングとグリーンコープ受け取りの日なので、その分より自由なオフ。(笑)

ブロンプトン(折りたたみ自転車)を携えて京都へ行く。

目的地は…

仁和寺(遅咲きの御室桜は咲いているか?)

・東寺(五重塔は遠望するもちゃんと詣でたことがない? 講堂の仏像群が凄いらしい)

三山木(みやまき)という京奈間にある小駅へ行く。

 (55年前、大阪万博の夏休み、当時中学2年だった僕の大冒険の追憶)

最後のはよく伝わらないだろう。

説明すると長くなる。

いずれトピックを立てて「ぷよねこ減量日記」 に書きたい。

きょうの表紙の写真は55年前の思い出の場所で撮った。

中坊の僕はここ(お寺)に一泊して大阪万博へ行った。

 

[行程] JR西宮駅〜 🚃 〜JR花園駅嵯峨野線)〜 🚲 〜仁和寺〜 🚲 〜梅小路公園〜 🚲 〜羅生門跡〜 🚲 〜東寺〜 🚲 〜近鉄東寺駅〜 🚃 〜三山木駅 〜 🚲 で周辺探索 〜JR三山木駅 〜 🚃 〜JR西宮駅  9時発〜17時半帰宅

 

ブロンプトンがめちゃ重く感じる。

肩に食い込む重さ、京都駅の構内、嵯峨野線(旧山陰本線)のホームが遠い!

 

JR花園駅前、満開の花水木(ハナミズキ)がお出迎え。

仁和寺の御室桜(丈の低い遅咲きの品種)はすでに葉桜だった。

僕の母校の前身である旧制四高(金沢大学)の寮歌に「南下軍の歌」がある。

旧制三高(京都大学)との対校戦に出陣するときに歌ったというもの。

花は御室か嵐山   人三春の行楽に
現もあらで迷ふ時  西洛陽の薄霞
霞にまがふ砂煙   蹴立てゝ進む南下軍

3番の歌詞に 花は御室か嵐山 というのがあって御室ザクラの存在を知った。

出陣と言っても戦争ではないが、軍歌のような悲愴なトーンの歌だった。

寮生のとき、強制的に憶えさせられたので今も歌える。

 

御室桜は終わっていた。先週なら満開だったか…。

満開だとこうなるのか…!

境内をぐるっと一周、五重塔の下に白いクサフジが咲いていた。

仁和寺から西大路へ出る。

北野白梅町を経由して西大路を一条から七条までひたすら南下する。

ゆるい下り坂なのでブロンプトンはあまり漕がずにスイスイ進む。

 

夏日だ。

ミニストップでスプリングバレーを買い、梅小路公園の木陰で飲む。

 

 

浜ちゃんから何度も電話が入っていた。

コールバックすると衝撃の事実が!

これもまた別記事にしてアップすべき案件。

“ 人生は別件 ” という箴言を身にしみて感じ入る。

 

羅生門跡に立ち寄る。

平安京が出来た頃、ここが洛中の正門だった。

ここから北へメインストリートである朱雀大路朱雀門へとつながっていた。

朱雀門大内裏(行政府)の玄関。

羅生門の跡は何もない。

あのクロサワ映画「羅生門」の荒れ果てた都の姿も想像出来ない。

ここに羅生門跡があることを知ったのは昨日「百寺巡礼」の東寺について書かれた一編を読んだから。

五木寛之先生に導かれてここに居る。

 

ちなみに羅生門は「らじょうもん」と読む。

 

東寺の五重塔は京都へ来る度に目にするが、境内には、はたして入ったことはあるか?

国宝である五重塔以外にも金堂、講堂がある。

そこに鎮座する薬師如来大日如来、菩薩、十二神将と有名な仏像が…

五木先生の「百寺巡礼」でこの寺院の歴史を知った。

平安京が出来た当初は中国(渤海)から来日した人々をもてなす迎賓館だったこと。

やがた空海がその教えを広めるために真言密教の本山になったこと。

隣りにスポーツで有名な洛南高校があった。

ここにあったのか。

 

たまたまだが、今日は東寺の弘法市の日だった。

「百寺…」にも書いてあったが、なるほど金堂は大仏殿を彷彿とさせる威風堂々の中国風だ。

 

 

拝観料800円を払って金堂と講堂の仏像を拝む。

弘法市の喧騒はなく、如来、菩薩、十二神将と対面できた。

居住まいを正して拝む。

新幹線から見える五重塔の周りには国宝がいくつもあった。

東寺という寺院の底力を見た気がした。

 

 

近鉄京都線に乗る。

急行を大久保で各駅停車に乗り換える。

三山木駅で下車。

55年ぶりに近鉄三山木駅の改札を抜ける。

ブロンプトンで半世紀前に泊まった寺(僕の親戚が住職に就いていた)を探索する。

このエピソードは「ヒロシの夏休み」あるいは「14歳 真夏の大冒険」と題して映画化できそうなのだが、

いまは書く気力がない。

いずれ酔いにまかせて書くつもり。

 

※追加写真あり +28