
旅は続く。
八戸で目覚める。
暴風雪で着陸できないかと心配されたが、S澤くんの機転で前日便に振りかえた。
出発が遅れるも夜に到着したらしい。
ドーミーイン南部の湯、まずは朝風呂につかる。
八戸の街はうっすらと積もり雪景色に変わった。
風呂上がりにそのまま食堂へ行く。
いかと鮪とおくらと山芋とろろをご飯にのせてミニ海鮮丼を作る。
名物のせんべい汁や鯖や鮭の焼き魚や小鉢で美味しくいただく。
きのうの夜鳴きそばといい、露天風呂といい、1泊目はドーミーイン三昧。
本八戸まで歩く。
別記事でアップした。
当初は八戸から野辺地経由でJR大湊線に乗り下北駅(むつ市)へ鉄旅をして、
下北駅でS澤くんらのレンタカーに拾ってもらう計画だった。
そうなると早朝に八戸を出なければならない。
天候によっては在来線は計画運休もあるとのことなので、早めに合流すべく青森へ戻ることにした。
風雪の車窓が美しい。
三沢からどかどかと大きなスーツケースの15人ほどの団体が乗りこんでくる。
北京語か、広東語か、福建語か、分からねども中国系のグループ。
老若男女、バラエティに富んでいる。
大家族か?グループツアーか?わからない。
人数より多い大きなスーツケースが通路をほぼふさぐ。
青森まで一緒か…。
でも、なんで三沢?
大牧温泉のオオバコのホテルに泊まったのだろう。
しばらく騒がしかったが、ほどなく全員が眠る。
海外旅行は疲れるのよ。
青森に近い小さな駅から今度は男子高校生の集団が乗りこんできた。
スーツケースでスペースが塞がれている。
車内は大阪の地下鉄みたいな有様になる。
やれやれ。
青森駅でS澤+O本と合流。
一路、下北半島へ向かう。
青森から下北半島の海峡側、下風呂温泉まで140キロほど。
大阪から名古屋を最短ルートで行くくらいの距離はある。
しかも自動車専用道ではない。
東北は広いのだ。

途中、平内のロードサイドの「林泉」という食堂でラーメンを食べる。
しょうゆラーメン430円という驚くべき価格!
でも、昔はどこも中華そばはこれくらいだったのだ。
ワンオペのお母さんに「何年前からしてるの?」と聞くと「ことしでごんじゅうねん」と即答された。
半世紀の間、何度か値上げしたのだろうけど、この430円はいつ上げたのだろう?
荒れる陸奥湾を左に見ながら北上。
4時前に下風呂温泉(風間浦村)の到着する。
その温泉漁港のたたずまいを見て、温泉通のO本氏がうなる。
「こんなええとこがあったんか。知らんかった」と自らの至り無さを恥じるように言う。
さいはての風情濃い良さげな温泉場だ。
荒れた海、海峡の向こうは北海道、渡島半島だ。

泊まったのは下風呂温泉 三浦屋 で、その隣りに村営の温泉「海峡の湯」がある。
フロントで聞くと「うちのと泉質は似てるけど、泉源が違う。温泉に詳しい人が入ると分かるらしい」とのこと。
これにO本氏が反応。
先に「海峡の湯」に入る。
下風呂温泉とはこんなとこ ▼
入湯代は450円。
村の人らでそこそこ賑わっていた。
海の近くなのに硫黄の匂いがする白いにごり湯。
漁港を見ながらつかる。
身も心も溶けてゆく。
施設の2階に、昔ここが旅館だった頃の部屋が再現してあった。
井上靖がここに滞在し小説「海峡」を書き、「飢餓海峡」を書いた水上勉も何度も訪れたとある。
昭和の道のりを想像する。
いま、ここまでの道路は原発関連施設の恩恵(?)で整備されているが、当時は未舗装の凸凹道だったのでは?
今ほど飛行機の便もなく、新幹線もない時代、今以上にここは最果てだっただろう。
O本氏が村の食料品店でアイスクリームと田酒を買ってきた。
この人は田酒を見ると自分ではさほど吞まないのに条件反射的に買う。
4合瓶で2700円もしたらしい。
要らないのに…。

夕食はせっかく大間の近くに来たのだからと鮪御前。
一泊二食21000円と奢った。
でも、最近思う。
日本の旅館の一泊二食付きというシステムはリーズナブル、いや世界規格でかなりの格安だと思う。
大間のまぐろに、鮑の踊り焼に、アンコウ鍋と雑炊。
延縄漁で獲ったという鮪は特別美味しいとは感じなかったが、
かつて和歌山の勝浦の駅前食堂で食べた水っぽい鮪に比べたら濃厚でおおむね満足。
比較が悪い?

満を持して宿の内風呂に入る。
半露天の濁り湯に長湯する。
井上靖もこの湯につかったのだろう。
*追加写真あり +30 きょうはたっぷりあります。




















ここ下風呂温泉は「いさりびの見える温泉」と井上靖に紹介された。

600mほどの火山で山頂部には森はなく冠雪している。

雪降り積る温泉旅館の浴槽に沈んで、俺はいま硫黄の匂いを嗅いでいる。」
井上靖「海峡」より







