
飛騨越中二泊三日の中日です。
この日録をしたためているのはほぼ一週間後、振り返って書いていても申し訳ないくらい愉しい日々でした。
きょう二日目をざっと振り返ると…
宮川朝市で五平餅、喫茶店でモーニング、酒蔵巡りの続き、飛騨古川、高山線で吞み鉄、富山湾鮨の夜 です。
申し訳ない。
いつ死ぬか分からぬトシヨリだから許してほしい。
旅館で目覚める。
さすがに山国、朝は冷えこむ。
午前中の予定は特に立てていない。
8時過ぎ、バックパックを預けて宮川朝市の方角へ歩き出す。
途中、三重塔が見えた。
飛騨国分寺。
大きな銀杏が色づいている。
山からの行き帰りにある市内のバス停の名前としては知ってたけど実際に見るのは初めて。
この三重塔は飛騨の木工匠の作なのだろう。

朝市は高山陣屋の前で開かれているのを見たことがある。
はっきりいって観光客が集まるほどの規模ではなかった。
A部氏がそういえば「宮川朝市」と言ってたことを思い出した。
宮川?
川べりだろうか。
“古いまちなみ”(固有の呼称です)を歩いていると宮川朝市と書いた指示板がある。
少し下流だった。

腹が減った。
みたらし団子と五平餅を売っている店で五平餅を買う。
エゴマと甘い味噌を塗ったもの。
歩きながら食べる。
五平餅は去年の秋に中山道の宿場 奈良井以来。
玉天なるお菓子を土産に買う。
玉天は越中八尾の名物らしい。
珈琲が飲みたい。
裏通りにある小さな喫茶店へ入る。
カウンターは満席だ。
二人掛けのテーブルに坐る。
きょうのコーヒーはコロンビアのなんちゃら。
ハニーバタートーストといっしょに注文する。

店の女主人もカウンターのおばさん客も上品な感じで静かにおしゃべりする。
話の内容からして地元の人だろう。
六十代から七十代。
昔は美人で聡明な人だったんだろうな。
着ている服のセンスもいい。
歳をとって奇妙に感じるのは、自分が歳をとったということではない。
かつては少年であった自分が、いつの間にか老齢といわれる年代になってしまったことではない。
驚かされるのはむしろ、自分と同年代であった人々が、もうすっかり老人になってしまっている……
とりわけ、僕の周りにいた美しくて溌剌として女の子たちが、
今ではおそらく孫の二、三人もいるであろう年齢になっているという事実だ。
そんな短編小説の冒頭を思い出して珈琲を啜る。

11時過ぎ、高山陣屋を観光していたA&Nペアと合流。
昨日、行かなかった酒蔵をひとつ訪れ試飲する。

船坂酒造、主銘柄は「深山菊」
ここは燗酒が飲める。
お猪口のままザルに入れて熱湯につけると熱燗ができる。




午後イチで飛騨古川へ移動する。
特急で15分、15キロ北にある。
自由席は330円だ。
■高山 | ひだ7号(富山行) 14.9km | 13:17-13:32[15分] | 240円( 自由席 330円 ) ■飛騨古川
飛騨古川へはおととし来た。
まだコロナ過で人は少なかった。
10月半ばなのにひどく寒かった記憶がある。
きょうは12月、寒くて当然。

A部氏があてにしていた蕎麦屋は臨時休業だった。
午後2時、開いている土産物屋の食堂へ入る。
中華そばか熱い蕎麦か。
今日の夜は富山で鮨、少しでも胃をいたわってとろろ蕎麦にする。

そもそも飛騨で酒場巡りをしようとA部氏が提案したのはこの記事がきっかけ。
www.hida-kankou.jp途中、「ワカコ酒」で高山に浮気したが、古川は行っておこう。
…というか、この町のメインの蔵である「蓬莱」の渡辺酒造へは一昨年行ってるのだ。
でも、そのときはコロナ過だったので試飲や利き酒はしてなかった。

担当の眼鏡のおねえさんが熱心に説明してくれる。
通常に買える純米の新酒や純米吟醸、にごり酒を次々呑ませてもらう。
コイン試飲ではかなり高価な珍しい大吟醸も試すことができる。
お二人も大満足。(笑)

飛騨古川をあとに富山へ向かう。
自由席だが余裕で座れた。
■飛騨古川 | ひだ11号(富山行) 74.5km | 15:31-16:44[73分] | 1,520円( 自由席 1,200円 ) ■富山 2番線着
古川からかつての神岡鉄道の乗り換え駅 猪谷駅までの車窓が素晴らしい。
六角精二の気分で吞み鉄を愉しむ。
でも外との温度差かほとんど飲まずに寝入ってしまう。(笑)


汽車旅と昭和史をみごとに結合させた作家・宮脇俊三は、このあたりの高山線をこう書いた。 「崖を削り、なんとか汽車の幅だけの平面をつくるが、どうにもならなくなると対岸に渡る。それでも行詰まるとトンネルを掘る。わずかな平地があると、ほっとしたように崖っぷちから離れ、駅がある。しかしそれも束の間で、すぐまた崖とのつき合いになる。よくぞこんなところに線路を敷いたものだと感服させられる」(『最長片道切符の旅』)

17時前に富山駅着。
すでに夜で小雨が降っていた。
路面電車で桜橋で下車、停車場のすぐ前が富山マンテンホテル。
剱立山連峰の展望が自慢の大浴場で湯に浸かる。
もうこのまま眠ってしまいたい。
でも、夜は鮨だ。
つくづく旅を愉しむには体力が必要だと痛感する。
5分遅れで店の前で合流。
予約した店「美乃鮨」のカウンターは満席、テーブル席につく。
隣は地元らしき4人組、ちと騒々しい。
3人ならば、と四合瓶にする。
立山か、満寿泉か、お、「勝駒」がある。
本醸造か、純米か?
ここは純米にしよう。

富山湾鮨(地魚中心の盛り合わせ)が3300円。
勝駒を飲みつつ、地元ネタに舌鼓を打つ。
十貫に追加でA部氏は穴子と鮪赤身、Nさんは鉄火の細巻、僕はいくら軍艦と鉄火の手巻き。
一人6000円とリーズナブルな鮨吞みでした。

ぶりに期待したが…脂が少なかった。天然ぶりなんだろう。


以下、フォト&キャプションを追記します。





いつのまに日本酒がこんなに人気になったのだろう?
1000円でプリペイドカードを買うシステム、つまみも豊富、塩もありました。






1994年3月2日の旅日誌にある。
「6時51分の列車で高山へ。高山で朝めし定食を食べる。
600円で味噌汁、卵、海苔だけだよ。味噌汁が懐かしい赤だしだったことが救い」とある。
僕は細江のユースに泊まっていて日帰りで西穂高山荘まで往復したのだ。













